コニャックと思って買った最大の資産である創業者の二人が抜けた。
肝心の中身が消えたコニャックは空瓶になった。 M&A部門で稼ぎ頭だったBさんとJさんというT銀行員が独立して、B・JというT銀行を設立する。
やがて優秀なT銀行家たちがやっている銀行だというので、ドイツのD銀行が買収したいといいだした。 そこでBさんたちと交渉の末に、かなりの高額で買収が成立し、D・Bさんという新しい名前まで決まった。

ところが、いざ業務を始めようとしたときには、BさんもJさんも退職して他のT銀行に移ってしまったのである。 資本主義の「エンジン」である技術革新を可能にするのは、すぐれた見識と勘による投資だといわれてきた。
アメリカのイノベーションの壮大な「ゆりかご」ともいうべきシリコン・バレーには、トランジスタを発明したウイリアム・ショックレーを噴矢として、優秀なエンジニアたちが集まったが、彼らの発明や発見をビジネスに結びつけたのは、ベンチャー・キャピタリストやエンジェルといわれる資金提供者だった。 しかし、すでに八○年代のパソコン・ブームのころから、このベンチャー・キャピタリストたちの性格が変質した。
それほどの発明や発見でなくとも、ハイテク銘柄が多い株式市場ナスダックに上場させれば、出資者には巨額な株式売却益が手に入る。 さらに、こうしたベンチャー企業のM&Aにかかわると高額の手数料も獲得できる。
この上場益や手数料に目をつけたのが、ニューヨークに本拠地があるT銀行だった。 T銀行がシリコン・バレーにやってきて考えるのは、「どのベンチャー企業に将来性があるのか」ではなく、「どのベンチャー企業が儲けのネタになるか」だった。
九○年代のインタ空瓶だけは買わないようにして欲しいと願わずにはいられない。 こうなってしまえば、ただのIPO(上場)合戦が始まるだけで、運よく儲かればいいし、運悪く儲からなければ、次のネタを探せばいいだけのことだ。
どこに本当の技術があるかはまったく関係なくなってしまう。 競争の激化は、同時に、投資をすばやく決定しなければならNさんいうプレッシャーを強めた。
適切な注意や背景調査も、本来やるべきレベルとは程遠くなった。 「以前よりも乏しい知識をもとに、以前よりも早く決定しなければならない」と言う。

インターネット・ブームのころには、てっとり早い利益を求めてT銀行家たちが殺到し、儲けのための激しい競争を繰り広げた。 AさんとMさんは、ますます投機的になるベンチャー・キャピタルについて、次のように述べている。
急速に価値を増大させていく株式や金融商品に投資したのは、必ずしも金融のプロだけではなかった。 すでに述べたように投資目的でセカンド・ハウスを購入して破綻したのも、それまではごく普通の人たちだった。
株式や金融商品あるいは不動産への投資が広範囲の人々に普及することを、金融の「民主化」と呼んで称賛することがある。 一般の人が投資をするようになることで、金融システムの恩恵に浴し、しかも、投資家が多くなることによって、金融市場は安定するというわけでこうした現象を、シリコン・バレーで活動する日本人のコンサルタントが、チャンスを最大化するための「多産多死」の仕組みだと称賛している。
しかし、それは単なる投機的動機が最優先された末のベンチャー企業つぶしに過ぎなかった。 インターネット関連のIPO(上場)銘柄に対する投資家の需要が大きく、また投資銀しれつ行業界内の競争が織烈なため、T銀行家が未成熟なままの企業の株式を公開し、重要な顧客がその銘柄を転売して巨額の売却益を得るのを支援する例が多く見られる。
しかし、この民主化の実態は、膨大に膨れ上がった金融の素人が、金融のプロたちが吹く笛に踊らされてなけなしの金を差しだし、大当たりしたときにはそのほんの一部を手にし、失敗したときにはそのほとんどを負担するということに過ぎない。 素人の小さな欲望は掻き集められて大きな欲望となるが、それを操って一儲けを企むのはプロたちなのである。
民主化と呼べば何か好ましい現象が進んでいるように思う人も多いだろう。 しかし、その実態はこれまで投機などには無縁だった人々を、最初から損をさせることを前提で金融市場アメリカの金融の「民主化」はこの二十年の間に急速に進んだ。
Sさんは、二○○一年二月八日付のワシントン・ポストで次のように書いている。 一九二八年末、アメリカで株式を保有する人は全国民のわずか三%だった。
二九年の株価大暴落後の三○年ですら、それは一○%に過ぎない。 しかし、われらの時代、株式はまさに民主化されてしまった。
八九年から九八年の間に、株式あるいは投資信託を持つ家庭の割合は、三二%から五二%にまで上昇している。 強欲に取り付かれた人間は常に紳士のふりをするこうした欲望を集約する仕組みは、必ずしも新しいものではない。

これまでもバブルが発生したときには、しばしば観察されるものだった。 そもそも、金融関係者が動かしているカネは自分のものではない。
カネを動かして儲かれば彼ら金融関係者の儲けであり、損をすれば個人投資家たちの損ということになる。 さらに過去に遡って見てみよう。
たとえば、一九二○年代のアメリカで急伸した中堅のU銀行そうくつは、こう考える人間たちの巣窟だった。 この銀行の副頭取のひとりMさんは収入不相応の豪華な生活を支えるために横領グループの中心人物となっていた。
また、同じく副頭取のPさんは、妻の病気の薬代がかさんだため仲間に加わっていた。 さらに、出納副主任のCさんは横領した二百万ドル以上のカネを自分の株式投資につぎ込んでいた。
加えて、頭取の息子のBさんも出納係だったが、父親への反発もあってか、横領グループの一員になってしまっていた。 このグループは、顧客が預けている株券や手形をつかって、巧妙で大規模な為替偽造を行に誘い込むための仕組みに過ぎない。
こうした二○年代の金融不正事件のなかでも、Cさんが行なった「ビジネス」は、経済学史にその名を留めている。 Cさんはフロリダ不動産バブルなどで名をあげる以前に、すでに窃盗や詐欺で何度も逮捕された経歴を持ち、二○年代には資産運用会社を作って大衆から巨大なカネを掻き集めた。
Cさんは大衆に向かって「四十五日間、カネを預けてくれたら、五○%の利子を払う」と約束したが、最初からその約束を守る気などなかった。 ところが、これがすごい人気を呼んで巨額の資金が集まってしまう。

最初Cさんは集めたカネの一部で利子を払い、途中からは言葉巧みに再投資を勧めてごまかした。 いよいよ行き詰まってからも言い逃れできると思って逃げようとしなかったので、なった。
顧客の信用を用いて自分たちの利益を追求し、損害だけは顧客に回そうと仕組んだあくらつなのである。 こうした悪諌な連中だったが、定期的に会議室でその悪事のための打ち合わせを繰り返し、自分たちのグループのことは「紳士同盟」と呼んでいた。
一九二○年代に急速に拡大したC金融は投資信託だった。 金融機関は「アメリカは永遠に繁栄する」と煽り、ファンドを作ってうまく運用してみせるといって一般市民からカネを掻き集め、それを膨張する株式市場や不動産に投資した。

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